乳幼児の抗生物質投与について
当院ではカゼに抗生物質は処方しておりません。
子どもが熱、咳、鼻で苦しんでいるのに、薬もくれないのか!
なんて思われているかもしれません。実際、面と向かって言われることもあります(苦笑)。
しかし、かぜを抗生剤で治す、とか、かぜの悪化を抗生剤で防ぐというのは、間違った考えです。
細野真宏さんが良く
「少しでも考えれば分かるのに、思考停止になっているから気が付かない。」
と書かれていますが、抗生物質の問題はまさにその通りです。
一般的に、抗生物質はばい菌をやっつけるもの?と思われています。
熱が出るのは悪いばい菌が体に入ったからだ⇒抗生物質を飲ませれば熱が下がる、と考える方が多いのですが、、、、抗生物質は細菌には効果がありますが、その他には無効です。
(何度も解説していますが、かぜはウイルスによるものですから、抗生物質は無効ですね。)
また、かぜの悪化を防ぐことはできず、必要でないのに飲んでいると、かえって悪化因子になるのです。
ここでできるだけ分かりやすく解説してみようと思います。
最初に、抗生物質を何度も飲むことによる長期的な影響、次に短期的(2〜3日程度)な影響、最後に心理的な影響に関して書きます。
1、長期的影響について
人間の体はもともと細菌だらけです。
なんと、人は重量にして数Kgもの細菌を持ってるのです。
どこでしょう?
一番多いのは、、そうです。腸内細菌ですね。腸の中は細菌だらけです。
汚い?とんでもない。
ほとんどの細菌は消化を助けるために働いているので、人は腸内細菌がないと生きて行けません。
次に多いのは?
皮膚の上です。
皮膚の上が細菌だらけなんて、汚い、、、?
これもとんでもない。
細菌がいるから皮膚の機能が保たれているのです。
この細菌がないと、皮膚が弱くなってしまいます。
皮膚が化膿するのは細菌感染によるものですが、そのような病気を起こす悪い菌はブドウ球菌、溶連菌などのごく一部の菌だけです。
そういった菌の感染が起こらないように、その他の無数の細菌が皮膚を守っているわけです。
要するに言いたいのは
人の体は細菌によって守られている
ということです。
人の体に病気を起こすのは、ほんの一握りの細菌だけなのです。
ここまでが予備知識です。ご理解頂けたでしょうか?
さて、ここからは大切な話。
赤ちゃんが適切な細菌を持つことは、必要なことである!
しかも
その子の一生を左右する
ほど重要なことなのです。
?????
ですね。
小さい子どもさんに抗生物質を飲ませるとどのような影響があるのか?
ここでできるだけ分かりやすく解説しておきます。
人間が体を守る仕組みで、最大のものは免疫です。
免疫にもいっぱいありますが、、ここではシンプルに抗体のことを書きます。
一度“はしか”になったら、次はならない、というのは抗体ができるからです。
抗体を作るのは白血球の中のリンパ球です。
右図がリンパ球ですが、これが様々なウイルスや細菌と触れ合うことで、抗体を作るようになるわけです。
リンパ球には教育が必要
ということです。
ワクチンなどもそうですね。ヒブワクチンを接種すると、リンパ球がワクチンの中にあるヒブの成分と触れ合うことで、ヒブに対する抗体を作るようになります。
さて、じゃ、人はものすごい種類の抗体を持っていますが、いちいちワクチンをしなければいけないのでしょうか?それとも、全部の菌やウイルスに感染しないといけないのでしょうか?
そんなの大変です。体がいくつあっても足りないでしょう。
ここで腸内細菌が大活躍するのです。
腸内細菌は生まれてすぐに腸の中で増殖を始めます。
徐々に増えてきますが、離乳食で様々な食物をとるようになると、腸内細菌の数、種類ともには爆発的に増えるようになってきます。
⇒この時期から“うんこ”が臭くなってくるでしょう。腸内細菌によるものですが、これは良いことなのです。
ちょっと難解かも?
小腸は体の中で最大の免疫を作る器官です。
腸は食物が通るところなので、体のなかでもっとも異物と触れ合う場でもあるわけです。
人の体は進化の過程でそれを利用して抗体を作るようになったと思われます。
腸内細菌は無数にあるために、非常に多種類の抗原を持っています。
これを利用して、人の体は様々な抗体を作るのです。
※実は血液型の抗体も腸内細菌があるから作られます。
ここまでのまとめ
腸内細菌があるから、人は様々な抗体を作ることができ、体を守ることができる。
生まれつき十分な抗体を作れない子どもさんもいます。先天性免疫不全症といいますが、こういった子どもさんは感染症だけでなく、悪性腫瘍(ガンのことです)の発症率も高いのです。悪性細胞は体の中で絶えず作られています。、免疫が十分にあると、体の中でできたとしてもやっつけられてしまいます。
免疫が働くのはカゼだけではないのです。あらゆる病気で必要になるのです。
では、なぜ乳幼児は特に抗生物質を飲まない方が良いのか、、
リンパ球が異物と触れ合って、最も活発に抗体を作るのは生後6ヶ月から4歳くらいまでです。
この時期に作られた免疫は、その後生きていく上で非常に大切なものなのです。
一生の財産と言っても過言ではありません。
この敏感な時期にリンパ球が腸内細菌の刺激を受けることはとっても大切なことなのです。
乳幼児は良くカゼを引きます。
カゼを引くたびに抗生物質が飲ませるという人もいます。
ところが、カゼはウイルスによるものですから、抗生物質は無効です。
その一方で、腸内細菌を殺します。抗生物質を飲むと、腸内細菌を一気に減らすことになってしまうのです。
これってまずくないですか?
それに加え、アレルギー体質を作りやすいということも問題になります。
実は、産まれたばかりの幼弱リンパ球は、何も抗体を作っていません。
上に書いたように、リンパ球が正常な抗体を作るためには、腸内細菌による教育が必要なのです。
アレルギー体質のある子どもさんは、もともとリンパ球がアレルギー抗体を作りやすい性質を持っています。
乳幼児期に腸内細菌の十分な教育がないと、アレルギー抗体を作るリンパ球になりやすいと考えられています。
ここに図を示します。
小さいうちから抗生物質をたくさん飲むと、将来のアレルギーが多くなります。
これは抗生物質によって腸内細菌が減らされてしまうからだと考えられています。
逆に、不潔な、感染を受けやすい環境で育った子どもほど、将来のアレルギーが少ないという事実があります。細菌が多いほどリンパ球は正常抗体を作る方向へ成長し、アレルギー抗体を作るリンパ球が少なくなるのですね。
※だからと言って極端に不潔な環境は良くないですね。何事もほどほどに。
2、短期的影響について
繰り返しになりますが、、、
カゼはウイルスによって起こるものですから、抗生物質が効くことはありません。
こちらにもカゼの解説を書いてありますので参考にして下さい。
右の写真はカゼを引いたときの鼻の中です。
赤いところは粘膜です。ここにウイルスが感染します。
右の写真の粘膜は、ウイルスが感染してひどく腫れています。
青いのは鼻汁です。
鼻汁の中には細菌が住んでいます。
⇒鼻が青くなると抗生物質を飲まさなければいけないって考える人もいますね。
確かにカゼを引いたとき、鼻水の中から様々な細菌が検出されます。
乳幼児では肺炎球菌、インフルエンザ菌(インフルエンザウイルスとは違うもの)が多いです。
ここに抗生物質がどの程度の効果が期待できるのか?
考えてみましょう。
抗生物質を飲ませた場合、腸から吸収されて血の中に入ります。
血液の中に入った大部分の薬は、すぐに尿から出て行ってしまいます。
飲んだ薬のうち、ほんの一部だけが、たまたま右写真の赤いところを流れるのです。飲んだ薬の0.1%くらい?
ところが、細菌は赤いところではなく、青いところ(鼻水の中)にいます。
抗生物質はほんの少し鼻水の中に出てきますが,それが効くのは粘膜に接したごく一部の細菌だけです。
だから飲めば、鼻水の中の細菌を少し減らす効果はあると思います。
ただし、ここで問題なのは、抗生物質は全ての菌に効くことはないということです。
ということは、薬を飲む⇒粘膜近くの一部の菌は死ぬ⇒その他の菌が増える、ということになるわけです。
これを菌交代現象と言います。カゼのときにいつも抗生物質を飲んでいる子どもさんの鼻水を調べると、見事に抗生物質が効かない菌(耐性菌)が出ます。
鼻に住んでいる菌がひどい感染を起こすこともあります。そのときに薬が効かないと大変なことになってしまいます。
実際に、カゼのときに最初から抗生物質を飲んでいた場合、その後に薬が効かない菌による肺炎が増えるということが分かっています。肺炎に限らず菌血症や髄膜炎などでも同じです。
ちょっと難解かもしれませんが、、、
乳幼児の鼻の中には普段からも様々な細菌が住んでいます。
カゼを引いて鼻水が溜まれば、その中で増えます。
しかし、これはcolonizationと言って、単にそこに細菌がいるというだけです。
細菌が体に有害なのは、infection(感染)が起こったときです。infectionは細菌が体の奥に入ったときです。
colonizationとinfectionをどのように見分ければ良いのでしょうか?
実は臨床を良く知っている小児科医なら鑑別できます。
臨床医の経験がもっとも大切なのです。
ただし、経験だけでは心もとないこともあります。日本では熱が出てすぐに病院を受診することが多いので、症状が出る前に判断しなければいけないからです。そこで、隠れた細菌感染症を見つけるために、血液検査をします。
(今は小児科外来で簡単に血液検査ができる時代になりました。)
そこまでしてもわからないこともあります。これは、経過を見ることで分かります。
症状が出て、2日、3日経っても改善することがなければ、もう一度同じ病院を受診してください。
小児科の医師であれば、最終的には必ず診断ができます。
※途中で抗生物質を飲んでしまうと、最終的な診断ができなくなってしまいます。
これも抗生物質を飲まない方が良い理由の一つです。
3、心理的影響
最後に抗生物質投与による心理的影響を書きます。もしかすると、これが一番重要かも?
当院の外来にも様々な患者さんが来ます。
熱が出たから抗生物質を下さい、、というお母さんもいますね。
こちらは戸惑います。なぜ?抗生物質など飲んでも良いことは一つもないのに?
だけど、お母さんの意思は固く、抗生物質を出さないと、他の病院に行ってもらいに行く始末です。
子どもは熱があってもとっても元気なのに、そんなお母さんの表情は暗く、自信がなく、オドオドしているようにも見えます。子どものどこを見ているのか?こちらが心配になるくらいです。
いかなるカゼも自然治癒するのです。
カゼ⇒自然治癒 は普通の経過ですね。
しかし カゼ⇒抗生物質⇒治癒 としたらどうでしょう?
誰でも抗生物質を飲んだから治った、、と思いますよね。
これは“関連性の錯誤”という心理的エラーです.カゼを引いたときにいつでも抗生物質を飲んでいると、心理的エラーを繰り返すことになり,カゼが自然に治るというのを信じられなくなるのです。子どもでも知ってる知識なのに?
そうなるとカゼを引いただけで一気に不安になります。自然に治らないと思い込んでいるのだから当然です。カゼを引くたびにストレスになり、子育ての不安感が増すし、お母さんの自信につながりません。
実際、カゼを常に治療されていたから、お母さんがカゼ恐怖症になり、子どもを学校に行かすことができないという例さえ経験したことがあります。
子どもさんとずっと一緒にいるのはお母さんです。小さいうちはカゼが最大のトラブルかもしれません。しかし、子どもが大きくなるにしたがって、もっと大きな、解決が困難なトラブルも出てきます。
そのときに必要なのが、子育ての自信、子どもをいかに理解しているか、子どもとどのくらいコミュニケーションが取れているか、、、なのです。
乳幼児のカゼは確かに大変です。しかし、ここを乗り切って、子育ての自信をつける事は、家族全体の将来につながることなのです。
カゼに抗生物質を飲ませていると、「カゼは薬で治すもの」という思い込みができてしまい、こういった子育ての自信を確立する妨げにもなってしまいます。
以上より、小さい子ほどできるだけ抗生物質は飲まない方が良いのです。