ここでは小児心身症について解説してみます。
心身症はとっても多い病気です。外来を心身症症状で受診されることは多々あります。
きちんと診断ができれば、通常は経過観察だけで良いと思います。ただし、症状が強く、日常生活に支障が出るほどであれば、カウンセリングが必要になります。一般外来では十分な時間が取れませんので、できるのは簡単なアドバイスだけですが、そんなので良ければ受診してください。
なお、当院の発達支援ルーム“みらい”では、お子さんの発達特性を知ることができる検査や、カウンセリングを専門とする心理士がいます。まずは一般外来を受診して頂き、必要であれば、みらいに通っていただくことになります。
では、話を進めます。
お子さんの腹痛、頭痛、その他色々な症状で当院を受診して、小児心身症って診断された方も多いと思います。
心身症ってお話しすると、お母さんの反応は様々ですね。
軽いのは
「なーんだ、体は悪くないのか。この子が言ってるだけですね。」
なんて軽く流すお母さん。
逆に、ものすごくびっくりする人や、心の問題だということにどうしても納得できない人もいます。
いつも元気に他の子どもと遊びまわってるのに、心の問題だなんて信じられない!
なーんて人も。
心と体は強くリンクしています。身体に問題ないから大丈夫、って考えても良いですが、実は小児心身症は対応を間違えると非常にやっかいです。小児科医を長くやってると究極に悪くなった子を何人も見てきました。ひどい摂食障害で命にかかわったり、学校に行けなくなったり、家から出れなくなったり、、色々ですね。
小児心身症をきちんと理解しておくと、こういう悪化はほとんど防ぐことができます。幼児から心身症は多発するので、小さいうちから理解して、お子さんの扱いを知っておくことが大事かな。
ということで、分かりやすく解説してみます。
まず、小児心身症を理解する上でのキーワードは、成長の強制と不安です。
まずはこの2つの言葉を頭に入れておいてください。
では、最初の例です。
Aちゃんは4歳。最近やたらとトイレに行く回数が増えました。「えッ?さっきも行ったのにまた行くの?」って驚くくらい。1日に20回も30回もトイレに行きます。
わたし:寝てるときはどう?
眠ってしまうと行きません。
というお子さんはよく来られます。外来での診断名は“心因性頻尿”ですが、小児心身症の一種です。
ここで、少し話は飛びますが、皆さん、トイレって行きます?
ん?変なこと聞きました(苦笑)?
行かない、って人はいないでしょう。大も小もトイレでするのが、人としてのマナーです。そんなの常識でしょう!
って思われるでしょうが、、実はそうでもないのです。
ヒトはもともと狩猟採集民族だったでしょう。
ここから
もともとヒトは一か所に住んでいたわけじゃなく、本来はキャンプ生活だったんです。
近くの食料がなくなったら、お家をたたんでさっさと次の場所へ移動するんですね。
こういう社会ではトイレなんてあってなかったようなもので、その辺で用を足す、というのが一般的だったはずです。子どものおもらしなんて気にしてられない、って社会だったでしょう。
翻って現代ではどうか。
これは当院のトイレですが
3~4歳児では必ずトイレで用を足してくれます。みんなありがとう!
実は、決まった場所で排尿、排便する必要があるのは、農耕時代以降の感染症対策のためです。その辺で便をしてノロウイルスとかまき散らすと、みんなかかちゃうじゃないですか。病原性の微生物のほとんどは、1万年前から農耕が始まって、多くの人が集団生活するから発生したものなんです。もともとヒトの便は、そんなに汚いものじゃなかったんですね。
上の写真の狩猟採集の時代の方が、ある意味ではずっと清潔な社会だったのですね。
※なお、寄生虫はいました。
さて、もう一度トイレを見てみましょう。
これは当院の保育所「つくし」のトイレです。トイレトレーニングのために、幼児用のトイレを設置しています。
保育士のトイレトレーニングは大したものです。きちんとみんなトイレで出来るようになっています。
決まった場所で排泄する、これって現代社会で生きていくためには必要なスキルです。ですが、上述したように本来のわたしたちの生活とはちょっと違いますね。
ネットの画像ですが、、
ここから
こういうトイレトレーニングは必要なものですが、子ども本来の育ちからは少しずれている。つまり成長を強要されているものだと考えることができます。
※別にトイレトレーニングが悪いってことじゃないですよ。念のため。
幼児になると社会性が伸びてきます。周囲の大人への「成長への期待」を感じることが出来るようになってきます。みんなお父さん、お母さんが大好きだからです。
すると、ある程度の年齢になると、大人の期待通りに出来なかったらどうしよう?って気持ちが出来てきますね。
その気持ちが不安を作るわけです。
今の生活様式、社会様式に一生懸命合わせなければ!という思いが不安感につながってしまうということです。
するとどうなるか?
次の表を見て下さい。
「おもらししたらどうしよう?」って不安感が、すぐに尿に行きたくなる、という行動(身体症状)につながります。それが、「おしっこがたまってるかな?」っていつも考えてしまう過剰な意識を生み出し、それが不安感を作ります。
青い矢印がぐるぐる回ることで、症状が加速するってことです。
お母さんが見ているのは身体症状だけですが、お子さんの心の中ではこういう状況が起こっていることを理解して下さい。
さて、以上は理解頂けたでしょうか?ちょっと休憩しましょう。
おしっこで説明しましたが、小児心身症はみんな基本は同じ心の動きによる症状です。
次に、11歳の男の子を例に出して解説してみますね。
※架空の例です。
この子は毎朝お腹の痛みを訴えます。普通にご飯を食べてるし、それほどしんどそうにすることはない。だけど、何度も訴えるのでお母さんはだんだん不安になってきます。どこか悪いところはないだろうか?なんて思ってしまいますよね。
腹痛もそうですが、頭痛、めまい、その他いろいろ変わった症状で心身症を起こすお子さんがいます。年齢が大きいほど対処は難しく、慎重にしないといけません。
年上になると、幼児に比べて、より複雑なコミュニティの一員となってるし、やらなければならない社会的な責任も出てきます。
4歳の子なら、多少おもらししても許されるでしょう。だけど、11歳の男の子だと許されないかもしれないでしょう。
その上、毎日学校に行かないといけないし、宿題があったり、塾もこなさないといけない。それぞれの場面で、違う役割を担っていかなくてはいけません。
もう一度原始時代の話に戻りますが、
この時代の11歳の男の子、家族内の役割はあったでしょうけど、ものすごくシンプルでしょう。今と立場がぜんぜん違うことは分かってもらえると思います。
現代は思春期に多数の集団の中で、複数のアイデンティティを持たなければなりません。アイデンティティは自己同一性って言いますけど、要するに各集団でのポジションですね。
※ママ友の中のポジションって意識されるでしょう。あれです。人によっては結構しんどいと思います。
つまり、各集団の中で年齢なりの役割を強要されるわけです。
↓こんなのなんて正にそれ
ここから
※合唱コンクールを否定してるわけじゃありません。
こんなのも
ここから
発達検査を受けたことがある人は分かると思いますが、人の能力はたくさんある個別の能力が合わさったものです。思春期の子どもは特に個々の能力の発達に大きな差ができてしまいます。算数が抜群にできても、コミュニケーション能力の低い子とか、記憶能力がすごくても論理的な考えが苦手だったりとか、いろいろですね。
もちろん、みんな生まれも育ちも、環境も異なります。ホントは放任で、成人のやり方を見よう見まねで覚えていくのが人間社会なんですが、現代社会はあまりに複雑で、そんな悠長なことをやってられない。今ある教育システムにのせていくしかないんです。
※教育とか学校って、当たり前のものじゃないですよ。18世紀に産業革命が起こったのと、徴兵制が普及したから、国民すべてが読み書きできるようになったことがきっかけです。日本でも学校が始まったのは、たった140年前です。その目的は富国強兵、つまり戦争に勝つためです。帝国主義って言いますが、そういう歴史があって今があるってことです。
ですので全ての子どもは、学校とかその他の集団生活で年齢なりの行動を求められている。これが正に成長の強要なわけです。
小児心身症のメカニズムは上記したものと同じで、不安が腹痛や頭痛などの症状を出します。勘違いして欲しくないですが、心因性の症状であっても、痛みは痛みとして感じます。子どもがうそを付いているわけじゃないのです。みんなホントです。
痛みは強いストレスですので、それを意識することでまた痛みが起こるんじゃないかって不安を増強します。また青い矢印がくるくる回って、症状が止まりません。
複雑なのは、ピンクの矢印の部分です。お母さん、お父さんの思い、学校の友人や先生、色々な人間関係が不安に影響してるってことです。ですので、ひどい場合は学校に行きたがりません。いわゆる登校しぶりとか、不登校という診断になるのですが、根本は不安感にあるのです。登校しないのは、自分自身を守っているのですね。
※ですので、無理やり学校に行け、ってのは絶対に言ってはダメですよ。
心身症の症状を止めるには、不安のサイクルを止めてあげないといけません。でも、これって心の中で起こってるので、止めることができるのは子ども自身だけなんです。これ読んでるお母さん、お父さんだってそうでしょ。
不安感の解消は、色々なきっかけで起こってくるので、だいたいは自分で解決できます。むしろ、それを悪化させてしまうのを避けてください。
目に見えている症状を止めよう!という発想では無理で、むしろ余計にその症状に注目させることになって、悪化させてしまいます。必要なのは子どもに安心感を感じてもらうことなんです。ここを理解しておかないと深みにはまります。十分ご注意下さい。
最後に注意点を
1、発達障害のあるお子さんは、不安感を感じやすいですし、ちょっとしたテクニックが必要です。こだわりが強かったり、周囲とのトラブルが多いお子さんはご相談下さい。
2、実は、自然に治るのに、お母さんがやたらと動き回って、こじらせていることが多いのです。強引に治そうと思ってあちこち病院に連れて行って、検査を受けたり薬を試したりする人ですね。不安に思うからでしょうけど、慎重に行動された方が良いと思います。いくつもドクターショッピングされている方が治りにくいのは間違いありません。
3、原則として小児心身症に効果のある薬はありません。軽い抗不安薬等を服用することもありますが、効果は限定的でそれだけで治ることはありません。
また、貧血や鉄欠乏は抑うつに関係するので、鉄剤を服用してもらうこともあります。これも悪化因子を除くだけで、根本治療ではありません。薬物治療だけで治ると思わないことです。
4、怪しい疑似科学や宗教にはまってる人もいますけど、危険だし、経済的にも搾取されてしまいます。
5、とりあえず、道を誤らなければ、最後には必ず治ります。
お子さんはサボってるとか、怠けてるわけじゃないですので、信じてあげれば良いですよ。学校に行かない子もたくさんいますけど、行かないことに意味があるのです。お父さん、お母さんの思いも痛いほど分かりますが、本人の思いが優先です。無理やりお子さんの行動を変えようって思わないようにお願いします。
追記:
小児心身症と起立性調節障害との関係について
起立性調節障害は、小児心身症の中で低血圧が関与する病態のことです。起立性調節障害と呼ぼうが心身症と呼ぼうが対応は同じです。
ただし、当院では起立性調節障害の診断はできるだけつけないようにしています。この病名には、血圧の問題を解決すれば今の病気が解決する、という誤ったメッセージが含まれているからです。朝起きにくい、頭が痛い、という症状は、単に血圧が低いからではありません。心の中に問題があるのです。血圧が上がらないのも、小児心身症からの二次的な症状です。
心身症の診療では、変えるべきなのは周囲であって、本人ではありません。起立性調節障害」という病名は、小児心身症の病態を見えにくくしてしまうのです。