年末・年始やGWに診療していると、遠方からも受診される患者さんがいます。普段から様々な“治療”を受けるのが当然のお子さんほど、お母さんが“治療”を求めて受診されるようです。特にお薬ですね。

 ここに2006年に大阪小児科医会で行われたアンケート調査がありますが、風邪で受診した場合、普段から抗生物質(抗菌薬)の処方を受けているほど抗生物質の処方を強く希望されます。風邪に抗生物質は無効でかつ有害ですが、普段からそういった処方を受けていると、風邪を引いたときに欲しくなってしまうようです。

 なぜ、日本では風邪に様々な治療が行われるのか、また、風邪で様々な治療を受けない方が良いのか、ここで簡単に解説してみます。

 日本の医療制度は独特です。風邪を引いたときにどこを受診しても良いでしょう。実はこういう制度は世界中で珍しく、先進国では日本とその制度をモデルにした東アジアの国々だけです。さらに、病院も診療所も開設はほぼ自由です。
 この制度は、医療に資本主義の原理を持ち込むためのものです。


???


 すいません。難しく書き過ぎました。若い人は分からんよね。

 ごく簡単に解説してみます。



 資本主義の国では、たくさん食堂を作ってそれぞれで競争しなさいって社会になります。一方、共産主義の国だと、食堂は政府がこれだけの物を作って売りなさい、って決めてるので、お店同士の競争がありません。

※なお、今の中国は名目上は共産主義ですが、経済は自由競争で実質的には資本主義になってます。

 そうするとどういうことが起こるか?

 資本主義の国だと、お店同士が激しく競争する。すると料理がどんどん美味くなるんです。努力して、味を良くして、たくさんのお客さんに来てもらおうと思うからですね。
 共産主義だと、お店同士の競争はありません。だから、食堂を経営する人は味なんてどうでもいい。食べられれば良いって考え方です。1980年代のソ連(現ロシア)旅行記を読むと、レストランの味のまずさに閉口したと書いてます。

 このように、資本主義の国と共産主義の国では食事の味がぜんぜん違います。なお、この話は食堂に限りません。ありとあらゆる業種がそうですから、21世紀になるまでに資本主義が共産主義を圧倒したんです。誰だってご飯の美味い国に住みたいですよね。

 こういうのを競争原理と呼びます。適度な競争が経済を活性化させるってのは、経済の常識です。

 さて、医療の世界に話を戻します。


 競争でサービス合戦をしなさい、そうやって国民の健康や生活の向上に努めなさい、というのが今の日本の医療制度です。だから、日本の診療所とか病院は世界一サービスが良いですよ。試しに他国に行ってみてください。医療費はべらぼうに高いし、診療予約を取っても診察は数週間後、風邪くらいで受診する気にはなれません。


 こんなに良い日本の医療なんですが、実はその副作用も大きいのです。



 ん?医療制度の副作用?そんなのあるの?


 あるのです。特に小児医療では副作用が問題になっています。


 当院では風邪薬を処方することはほとんどありませんね。ですが、これを読んでいるお母さん、お子さんの熱や咳、鼻でどこか医療機関を受診したことがあるでしょう。色々な薬をもらいませんでしたか?お薬手帳を見ると大量の薬が処方されていてびっくりすることがあります。飲ませるの大変でしょうね。

 基本的に風邪に薬は効きません。どんな薬を飲ませても一緒です。

 例えば、抗生物質はかえって有害ですし、咳止めなんて意味がありません。

 よく「咳が続くんです」、って受診されますが、風邪の咳は皆さんが思っているより長く続き、数週間続くことも稀じゃないのです。ですが、風邪の咳なら必ず改善してきます。

 要するに、子どもの風邪では、風邪かそうでないかの判断が必要なだけで、治療は要らないのです。

 とは言え、子どもの風邪の診断って究極に難しいんです。普通のお医者さんって、風邪の勉強してないんですよ。また、いろいろな検査キットを使いこなしたり、血液検査ができないところも多い。よくある、「のどが赤い」、なんて、たいした診断根拠にはなりません。

※当院で「のどが赤いから風邪」、って診断することないでしょ。

 大部分の医療機関では、子どもの熱、鼻、咳で受診しても、よく分からないってのがホントのところだと思います。結果、「念のために抗生物質を処方しておきますね。」、「夜眠れないなら咳止めを処方します。」となってしまいます。もちろん、保護者への共感は必要なんですが、そういった医療行為が子どものためになってるかというと別問題です。

 子どもは乳児医療があるので、いくら医療費がかかっても500円です。だいたいの人は薬をもらった方が嬉しい。なんて親切な先生だ、次もこのお医者さんにかかりたい!って思うでしょう。お医者さんもお母さんに満足してもらいたい。だからせっせと薬を処方する。お母さんは薬を飲ませて子どもが治っていくと、薬で良くなったと勘違いされることも多い。次も風邪を引いたら薬をもらいましょうって考えます。こうやって過剰な投薬が普通になっているわけです。

 これは日本の医療制度の重大な副作用です。乳幼児期には感染症を繰り返すのが普通です。ほとんどはウイルス感染症ですから自然に改善します。もちろん、理屈では分かっているでしょうが、赤ちゃんに熱や咳が出れば不安を感じるものです。薬を飲ませるのが当たり前になってしまっていると、薬がないと不安が大きくなるのですね。

 不安感から何らかの行動を止められない(不安が行動のドライブになってしまっている)状態は、心理学で依存の状態と言えます。

 依存は脳が麻薬やギャンブルの快感を求めるために起こる一種の病的な状態です。芸能人の薬物依存を見てください。バレたら人生お終いなのにつまらない薬を止められない。

 不安を解消する行為は、脳の中で快感刺激を作るのと同じ効果があります。不安の解消を繰り返すことは、様々な依存を作る原因になるのです。



 わたしの文章力でお伝えしたいことが分かって頂けるかな?ちと不安なので、もういちどおさらいします。

 赤ちゃんの健康上のトラブルの多くは感染症です。そのほとんどはウイルス感染ですね。自然に治るわけですが、お母さんが不安を感じるのは当然です。

 そこに毎回薬が使われているとどうなるか?

1、お母さんは薬のおかげで治ったと思いこむ。
2、次からも似たような薬を欲しがる。
3、医師は感謝されたと勘違い?するのと、お母さんの期待に応えようとまた薬を処方する。

 これを繰り返していくうちに、薬物依存と同じ症状が出るのです。通常の薬物依存は、本人が薬物を服用しますが、子どもに薬を飲ませることで不安感を解消するので、わたしはこれを
代理薬物依存症と呼んでいます。




典型的なのは、、、、

 1歳のお子さん、咳と鼻が出てる。お母さんが来院時、「咳止めを下さい」と仰る。いえ、子どもに効果のある咳止めはないのです、とお話するも、なかなか納得してもらえない。最後には「ここは風邪薬も処方してもらえないのか!」と怒り出してしまう。

※依存症になると、ベースに不安感があるので怒りの感情に変わりやすいのです。なんとかお母さんの依存症を取ってあげようとお話するのですが、いわゆる逆ギレされることもありますね。わたしのコミュ力が低すぎるためでもありますが(苦笑)。

 代理薬物依存症は病的な状態です。依存症になると薬を求めて受診します。お医者さんもせっかく来てくれたのだからと、薬を処方します。この循環でますます依存症が強くなっていきます。これは避けましょう。


 小児医療で過剰診療になりやすい例をあげておきます。


1、熱が出れば心配だから抗生物質
 風邪で必ず抗生物質を処方されているなら、そこをかかりつけにするのは止めましょう。

2、咳に咳止め(アスベリン等)
3、咳風邪にホクナリンテープ(右図)

 咳は熱心に止める必要はありません。治療介入はむしろ有害です。特に写真のテープは気管支拡張剤で、咳を止める効果もなく、手足の震えや眠れない等の副作用が強いことも示されています。

 急性の咳嗽は呼吸が苦しくなければ2週間程度は経過を見て大丈夫です。なお、なぜ咳が出ているのかを確認するのは必要です。

 咳で受診して必ず咳止めやテープをくれる先生もかかりつけには不向きです。



※当院でお子さんに咳止めは処方しませんが、その代わり1歳を過ぎるとハチミツを処方することが多いです。子どもが咳で苦しんでるとき、お母さんは「何かしてあげられることはないか」って思うでしょう。いざというとき、お母さんが何かできることをひとつでも増やしてあげたいのです。お子さんも、咳で苦しいときにお母さんが優しくハチミツをなめさせてくれた、って経験すれば、お母さんは頼りになるって思います。誰しも風邪などでつらいときの記憶って残ります。お母さん自身が風邪に対処できるようになっておくことは、親子間の愛着形成にも効果があるわけです。



 日本は資本主義の国です。病院や診療所(その他、お寺とか神社、あらゆる施設)は営利を求めるように制度設計されています。もちろん、営利が悪いということではありませんが、それが過剰になると、本来の目的から離れてしまうことになります。その結果がお母さんの代理薬物依存症だとわたしは考えています。

⇒くれぐれもそうならないよう、医療とは適度に付き合ってください。



 小児科医の使命は、「目の前のお子さんが健康に育つのを手助けする」ということです。咳や鼻を止めることではないし、肌をきれいにすることでもありません。もちろん必要な医療もありますが、全体として過剰診療になっているのは確かです。
 わたしはそれが嫌なので、薬などは最小限にしています。また、診察だけでは解決できないことも多いので、病児保育をはじめとするさまざまな発達支援を行っています。共働き家庭が増えて、みんな困ってますからね。

 全国で同じように考える小児科医は増えてきています。かかりつけにするのは、たくさん薬を処方してくれる先生より、子育て支援や発達のことを考えてくれる先生にして下さい。

 ちなみに、ネットの評判はまったく当てになりません。薬物依存を作っちゃってる先生の方が評判良かったりするので、治療の正当性とネットの評判はぜんぜん別ですね。


※わたしのように風邪薬を処方しない医師はまだまだ少数ですが、軽い咳止めや去痰剤を処方されて、「自然に治るよ」って言ってくれる先生は良い先生です。今度受診したときに「咳止めって必要でしょうか?」って聞いてみてください。たぶん、「効果はないですよ。飲まなくっても治ります。」って言ってくれると思います。そういう先生は、「じゃ、先生の診察だけで良いです」、って言ってあげると喜ぶと思います。

 逆に、強い口調で、「お母さん!咳止めを飲まさないと治らないよ」とか、「子どもが可哀想だから咳止めを飲ませてあげなさい」って話す先生は、風邪は治さないといけないって思いこんでる医師です。普段のかかりつけには不向きだと思います。



※こういうことを書くと遠方から問い合わせが来るのですが、申し訳ありませんが電話でのアドバイスは出来ません。ご了承下さい。



 

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代理薬物依存症にご用心