現代社会にワクチンが必要なわけ
第一章 人類と感染症の長い歴史の始まり
人類の歴史は、感染症との戦いの歴史でもあります。
しかし、人類が地球上に現れたときから、現在のような大規模な感染症が繰り返し流行していたわけではありません。感染症が人間社会を大きく揺るがすようになった背景には、人類が集団で暮らし、農耕を始め、町や都市をつくってきた歴史があります。
人類とチンパンジーは、今からおよそ700万年前に、共通の祖先から別々の道を歩み始めたと考えられています。
人類の最大の特徴は、二本の足で立って歩くようになったことです。二足歩行によって両手が自由になり、道具を使ったり、食べ物を運んだりできるようになりました。そして長い進化の中で、脳を大きく発達させていきました。
とはいえ、一人の動物として見れば、人間はそれほど強い生き物ではありません。ライオンやヒョウのような鋭い牙や爪はありません。馬のように速く走ることもできません。子どもは長い間、大人の助けがなければ生きていけません。人類の祖先の中には、肉食動物に襲われ、命を落としたものも多かったと考えられています。
それでも人類が生き残ることができたのは、一人で強くなるのではなく、仲間と協力することで生存率を高めてきたからです。
食べ物を分け合い、危険を知らせ、協力して獲物を捕まえ、子どもや病人を守る。言葉や身ぶりで情報を伝え、経験を次の世代へ引き継ぐ。人類にとって、集団で暮らすことそのものが、生き残るための強力な武器だったのです。
現在の私たちにつながるホモ・サピエンスは、およそ30万年前にアフリカで誕生したと考えられています。
ホモ・サピエンス以外にも、当時の地球上にはネアンデルタール人など、別の種類の人類が暮らしていました。その中でホモ・サピエンスは、言葉や道具を発達させ、より大きな集団をつくり、広い地域の仲間と協力する力を身につけました。その結果、世界中へと広がっていき、ほかの種類の人類の多くは次第に姿を消していきました。

ホモ・サピエンスは、その長い歴史のほとんどを、狩猟や採集をしながら暮らしてきました。数十人ほどの小さな集団で移動し、動物を捕まえ、木の実や植物を集めて生活していたのです。
この時代にも感染症はありました。けがから細菌が入り込むこともあれば、動物から病気をうつされることもあったでしょう。
しかし、人の数が少なく、集団同士の接触も限られていたため、現在のように一つの感染症が何年も何十年も、人から人へ広がり続けることは無かったでしょう。感染した人が治るか亡くなり、周囲にうつる相手がいなくなれば、その感染症もそこで途切れてしまいます。病原体にとって、小さな集団を転々とする狩猟採集社会は、必ずしも広がりやすい環境ではなかったのです。
人類の暮らしを大きく変えたのが、約1万年前に始まった農耕です。
人々は小麦や米などの作物を育てるようになり、一か所に定住するようになりました。畑を耕し、種をまき、収穫し、食料を蓄えるためには、多くの人の協力が必要です。農業によってたくさんの食料を生産できるようになると、一つの場所で暮らせる人数も増えていきました。
小さな村はやがて町になり、さらに大きな都市へと成長しました。青銅器や鉄器が使われるようになり、農具が改良されると、農業の生産力はさらに高まりました。道路や船によって遠くの地域との交易も盛んになり、国家や文明が生まれていきました。
農耕と都市の誕生は、人類に大きな繁栄をもたらしました。
しかし同時に、それは感染症にとっても、とても都合のよい環境を生み出してしまったのです。

一つの場所に多くの人が集まり、すぐ近くで暮らすようになります。同じ井戸や川の水を使い、排泄物やごみが周囲にたまります。家畜も人間の近くで飼われるようになり、ネズミや蚊、ノミなども集まりやすくなります。
さらに、人や物が町から町へ移動するようになると、病気も一緒に運ばれるようになりました。
多くの人が密集して暮らす社会は、細菌やウイルス、寄生虫にとって、次々と新しい人へ移っていける絶好の環境です。同じ人間が大勢集まることで、人から人へうつる病原体が長く生き残れるようになったのです。
一方、人間の体には、細菌やウイルスなどを見つけて排除する、免疫という優れた仕組みがあります。
しかし、免疫はどんな病原体でも完全に防げる万能の壁ではありません。病原体の側も、少しずつ姿を変えながら、免疫の穴を使い、人間の体の防御をすり抜ける方法を身につけてきました。人間だけが進化してきたのではありません。病原体もまた、人間の体内で増え、別の人へ広がるために進化してきたのです。
百日咳は、その分かりやすい例です。
百日咳菌は人の気道に感染し、激しい咳を引き起こします。患者が強く咳き込むと、細かなしぶきと一緒に菌が周囲へ飛び出します。そして、それを吸い込んだ別の人に感染します。
患者にとって咳は苦しい症状ですが、百日咳菌にとっては、次の人へ移るための手段でもあります。よりうまく咳を起こし、より多くの人へ広がることのできた菌が、長く生き残ってきたと考えることができます。 ※これを進化圧と言います。
人類を繁栄させた最大の力は、仲間と集まり、協力する能力でした。ところが皮肉なことに、人が集まって暮らすようになったことで、感染症もまた広がりやすくなりました。
農耕と都市の誕生は、人類の文明の始まりです。そして同時に、人類と感染症との本格的な戦いの始まりでもあったのです。
現代の日本では、命にかかわる病気といえば、がんや心臓病などを思い浮かべる人が多いでしょう。風邪や気管支炎などの感染症は、比較的軽い病気と考えられています。
しかし、人類の歴史の大部分で、感染症はもっとも恐ろしい敵でした。抗菌薬もワクチンもなく、病気の原因が細菌やウイルスであることさえ分からなかった時代には、感染症の流行は社会全体を揺るがす大災害だったのです。
ペストは、主にネズミなどの動物とノミを介して人に感染します。菌が肺に入ると肺ペストとなり、咳によって人から人へ広がることもあります。14世紀に起きた大流行は「黒死病」と呼ばれ、ヨーロッパ人口の3分の1から半分近くが亡くなったと推定されています。
家族や村が丸ごと失われ、死者を埋葬する人も不足しました。農業や商業は止まり、政治や宗教にも大きな影響が及びました。当時の人々は、病気の原因が分からず、神の怒りや悪い空気のせいだと考えるしかありませんでした。
日本でも、感染症は歴史を大きく動かしました。代表的なのが天然痘です。
日本は海に囲まれているため、大陸の感染症が入りにくい面がありました。しかし、中国や朝鮮半島との交流が活発になると、人や文化とともに病気も持ち込まれるようになりました。
奈良時代の735年から737年にかけて起きた「天平の疫病大流行」は、天然痘だったと考えられています。正確な人数は分かりませんが、当時の日本人口の25~35%、およそ100万~150万人が死亡した可能性があります。現在の日本に置き換えれば、数千万人が亡くなるすさまじい規模です。
感染症は人を選びません。一般の人も権力を持った人も、全ての人にとって脅威でした。この流行では、政権の中心にいた藤原四兄弟も相次いで亡くなりました。朝廷の政務は大きく乱れ、その後の政治の力関係まで変化しました。感染症は、個人の命だけでなく、国の政治や社会の形まで変えてしまうのです。 大パニックだったでしょう。
当時は、天然痘がウイルスによる病気であることも、どうすれば感染を防げるのかも分かっていませんでした。人々にできるのは、神仏に祈ることくらいでした。
聖武天皇は、相次ぐ疫病や飢饉、社会不安の中で、仏教の力によって国を守ろうとしました。全国に国分寺を建て、奈良には大仏が建立されました。このように奈良の大仏の背景にも、感染症に苦しんだ人々の歴史があります。
ペストも天然痘も、現代の人がかかることはほとんどありません。しかし、それは自然に病原体が消えたからではありません。衛生環境を整え、感染経路を解明し、薬やワクチンを開発してきたからです。
感染症との戦いは、すでに終わったのではありません。私たちは感染症を抑え続けることで、現在の安全な社会を維持しているのです。
医学が進歩した現代では、「感染症くらいで命を落とすことはない」と感じる人もいるかもしれません。しかし、現代社会は感染症に強くなった一方で、ひとたび流行が起これば大きな被害を受けやすい社会でもあります。

昔に比べて人口は大幅に増え、多くの人が都市に集中して暮らしています。満員電車や職場、学校、保育所、病院、高齢者施設などでは、毎日たくさんの人が接触します。さらに、飛行機や船によって世界中が結ばれ、ある地域で発生した感染症が、わずかな時間で別の国へ運ばれるようになりました。
現代には、高齢者だけでなく、がんの治療中の人、臓器移植を受けた人、免疫を抑える薬を使っている人など、感染症に弱い人も大勢暮らしています。医療の進歩によって、以前なら助からなかった人も生活できるようになりました。その一方で、感染症が広がった場合に重症化しやすい人も増えているのです。
21世紀に入ってからも、2009年の新型インフルエンザや、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行が起こりました。新型コロナでは、多数の人が亡くなっただけでなく、病院がひっ迫し、学校や商店が閉まり、仕事や人の移動にも大きな制限が加わりました。感染症は、病気になった本人だけの問題ではありません。医療、教育、物流、経済など、社会全体を揺るがします。
とくに乳幼児は、まだ経験したことのない病原体が多く、免疫も十分に発達していません。保育所では子ども同士の距離が近く、おもちゃや食器などを通じた接触も多いため、インフルエンザ、RSウイルス感染症、手足口病などが現在でも繰り返し流行しています。
私自身は、肺炎球菌やヒブによる感染症の疫学研究に関わってきました。肺炎球菌やヒブは細菌で、健康な乳幼児の鼻やのどに住みついていることがあります。これを「保菌」といいます。普段は症状を起こさなくても、何らかのきっかけで血液の中へ入り、全身に広がることがあります。
さらに菌が脳や脊髄を包む髄液に入り込むと、細菌性髄膜炎を起こします。細菌性髄膜炎は、治療が遅れれば命にかかわる病気です。助かっても、難聴、発達の遅れ、けいれん、運動障害などの後遺症が残ることがあります。少し前まで、小児科医はこうした子どもたちを決して珍しくない頻度で診ていました。
その後、ヒブワクチンと肺炎球菌ワクチンが広く接種されるようになり、細菌性髄膜炎は大きく減りました。現在では、多くの若い小児科医が患者をほとんど経験しないほどです。病気そのものが自然に消えたのではありません。ワクチンによって抑えられているのです。接種をやめれば、再び多くの子どもが命を落としたり、重い後遺症を残したりする可能性があります。
これらのワクチンが普及したことで、子どもの重い感染症は激減しました。さらに、子どもだけでなく、大人の肺炎も減るという二次的な効果がみられました。乳幼児が鼻やのどに持つ肺炎球菌が減り、それを家族などの大人にうつす機会も少なくなったためです。
私たちの安全な生活は、感染症が弱くなったために自然に得られたものではありません。上下水道、医療体制、感染対策、そしてワクチンという社会の仕組みによって守られています。現代社会は感染症を克服したのではなく、感染症を抑え続けることで成り立っているのです。
第四章 現代社会を支えるワクチン
「自然なままの体で暮らしたい」と考え、ワクチンを避ける人もいます。しかし、現代の暮らしそのものが、すでに多くの技術に支えられています。安全な水を飲み、衛生的な食事をとり、冷暖房のある家で暮らし、病気になれば医療を受ける。感染症だけを自然に任せるという考え方は、不自然でもありますし危険です。
アマゾンの奥地には、外部社会との接触を避けて暮らす先住民の集団があります。こうした人々は、私たちが感染や予防接種によって得ている免疫を持っていないことがあります。そのため、外部の人が接触すると、私たちには軽い病気でも、集団全体に広がり、多くの命を奪う危険があります。
ワクチンは、接種した本人だけを守るものではありません。多くの人が免疫を持つことで、感染症が広がりにくくなり、まだ接種できない赤ちゃんや、病気や治療のために十分な免疫をつくれない人も守られます。
予防接種には痛みがあり、発熱や腫れが起こることもあります。種類によっては費用もかかります。それでも当院が接種を勧める第一の理由は、子どもたちを重い感染症から守るためです。さらに、基礎疾患や障害のある子ども、まだ接種年齢に達していない乳児、そして社会全体を守るためでもあります。
ワクチンは個人のためだけの医療ではありません。現代社会を安全に保つための、大切な基盤なのです。