食物アレルギーが増えたわけ その2

 

様々な統計をグラフにしているガベージニュースからの引用ですが、グラフを見てください。2007年から2013年までの6年間で、食物アレルギーを持つお子さんが1.5〜2倍程度まで増えています。






 確かに食物アレルギーが増えています.2014年に当院を中心に大規模な調査を行ったのですが,なんと1歳のお子さんの4名に1人は卵を制限しています.その他の牛乳や小麦,大豆などを制限している子どももたくさんいました.中にはアレルギーの原因になるものは一切食べてないという子も.
もちろん,親御さんの判断でアレルギーが怖いから食べさせていないわけです.

 この状況はあまりにもおかしいですね.なぜこうなってしまったか,できるだけわかりやすく解説してみます.

 わたしたち人間が持つ抗体は,IgG,IgM,IgEなど,いくつかの種類に分けられます.1960年代にアレルギーの原因として,IgE抗体が関与しているということが分かりました.なお,発見したのは日本人の石坂公成先生です.石坂先生はこの研究でノーベル賞候補であるとされていますが,それくらいすごい発見だったのですね.

 IgE抗体がアレルギーの原因になると分かって,多くのアレルギー患者の血液が調べられました.例えば,スギ花粉のアレルギーがある人は,血液の中にスギ花粉に反応するIgE抗体があり,ダニにアレルギーのある人は,ダニに反応するIgE抗体を持っています.卵もそうです.

 こういったアレルギーの原因になる物質をアレルゲンと呼びます.アレルゲンになるのはほとんどの場合蛋白質です.スギ花粉に含まれる蛋白質,ダニ(正確にはダニの糞)に含まれる蛋白質,卵の蛋白質などがアレルゲンになり,それに反応するIgE抗体がいつの間にか作られて,症状を出します.蛋白質はアミノ酸が多数つながって作られるので,非常に複雑な形をしています.人の抗体は,その形に合うように作られます.

 アレルギーの原因はIgE抗体だろう.それじゃ,血液を取って,スギやダニ,卵にたいするIgE抗体を調べることができれば,色んなことがわかるんじゃないか.そうやって開発されたのがRASTと呼ばれる検査です.

 RASTはアレルギーの原因が分かる夢の検査と考えられました.非常に手間がかかる高価な検査のため,当初は研究レベルでないと検査ができなかったのですが,1970年代から80年代にかけて,気管支喘息の子どもがグッと増えたこともあり,一般の病院でも検査ができるように保険適用されるようになりました.その結果,RAST検査が広く普及することになったのです.

 ぜん息の子どもはダニのRASTが陽性になることが多い,アトピーの子どもは卵のRASTが陽性になることは多い.それは確かですね.

 だけど,ぜん息じゃない子ども,アトピーじゃない子どもではどうなんでしょうか?。

 実は,何にも症状がない子供の中でも,ダニのRASTが陽性の子供はたくさんいます.卵のRASTがが陽性になる赤ちゃんもたくさんいます.特に乳児湿疹がある赤ちゃんは,高い割合で卵のRASTが陽性になることが分かっています.

⇒湿疹とアレルギーの関係はこちらも参照してください。

 1990年から2000年代になると,乳児医療の制度が広がります.RASTは非常に高価な検査なのですが,乳児医療の制度では,子どもは無料か,ごく低額の負担で何項目もRASTの検査を受けることができます.その頃はアレルギーはもともと持って生まれたもので,体質であると考えられていました.卵や牛乳,小麦やソバなどでひどいアレルギーを起こす子どものことも報道されます.だから,赤ちゃんのときに,アレルギー検査をして欲しい,と病院を受診し,あらかじめ子どものアレルギーを調べておきたいという人がたくさんいました.離乳食が始まる前に,安全のために知っておきたいということです.その気持ちはとっても良く分かります.

 赤ちゃんはもともと肌が弱いでしょう。生後半年から1歳くらいまでの赤ちゃんは,TARCという物質が高いことが知られています.この物質は血液検査で分かるのですが,若いリンパ球がIgEを作るリンパ球に変化するように働きかけるものです.

 肌から入った抗原に対してはIgE抗体が作られます。現在は住環境の中に食物がたくさんあります。ですので、卵に対するIgE抗体が作られて,RAST検査で陽性になるのは赤ちゃんでは何も特別なことではありません.特に口の周りは母乳を飲んだとき,食物を食べたときに付きやすいので反応することが多く,わたしたちの調査では,乳児の約17%が食後に顔などの部分的なじんましん,5%強が全身性のじんましんを経験したことがあると回答しています.

 このような症状が出れば,母親は驚いて食物アレルギーだと考え,病院を受診することが多いでしょう.実は,過去には少しずつ食べさせなさいという対応が一般的でした.ところがRAST検査の普及に伴い,アレルギーの数値がビジュアル化されてしまったようです.例えば,下の写真のような検査結果を見せられるとどうでしょうか.



 おそらくアレルギー検査を希望して病院を受診されたのだと思いますが,その結果,卵白が陽性でした.この場合,しばらく食べさせないように,という指導が一般的です.わたしたちの研究結果でも,食物制限の理由として,血液検査をあげる保護者が最多でした.

 医師としては,食べさせて何かあったら困る,という思いがあります.また,小さい赤ちゃんを育てている保護者の方は不安感から食べさせないでしょう.ですので,RAST検査が普及すればするほど,“食べさせない”という選択をする保護者が増えたのです.その結果,冒頭で書いたように,1歳の子の4人に1人は卵の制限をしている,という異常な事態を招いてしまったわけです.

 では,アレルギーを作らないようにするにはどうすれば良いでしょうか?
ひとつにはスキンケアをすることだと言われています.確かに乳児の肌をきれいに保てば,異物が入りにくくなったり,皮膚の下のリンパ球がいなくなったりと,理屈の上ではアレルギーを防ぐことができそうです.実際に湿疹が軽くなればTARC値が下がりますので,アレルギー抗体を作りにくくなるのは間違いありません.ただ,長期的に見れば,スキンケアがアレルギーを減らすというはっきりした証拠は今のところ見当たりません.※した方が良いとは思います。

 もっと簡単な方法はあるでしょうか?実は卵をはじめ,ピーナッツなど,食物アレルギーの原因になりやすいものを,気にせずに食べさせている群,厳密な制限をしている群を比較すると,前者の方がアレルギーが圧倒的に少ないのです.特に乳児期から長く制限をすると,食物アレルギーが重症化し,治りにくくなることは,多くの研究結果が出ています.ですので,現時点で食物アレルギーを防ぐもっとも確実な方法は,“食べさせる”ということなのです.

 なぜ“食べれば治る”のでしょうか?実は,食べ物も異物です.食べる毎に体に有害な症状が出れば生きていけません.だから,食べると,その物質に対するIgG4抗体が作られることが知られています.簡易的に書くと,卵に対するIgE抗体を持っていても,それを上回るIgG4抗体を持っていれば,食べたとしても何も症状が出ません.逆にIgE抗体が少なくでも,IgG4抗体がなければ強い症状を出してしまうのです.

 このグラフは血液の中の卵のIgG4抗体を調べた調査です.白は赤ちゃんに卵を食べさせない群,黒は卵を少しずつ毎日食べさせた群です.





 生後4ヶ月では差はないですが,8ヶ月,12ヶ月となるに従って,黒が延びています.食べさせることで,IgG4抗体ができています.食べさせた群では逆にIgE抗体は下がるということも分かっています.

 まれに,子どもをアレルギーにしたくないからと,原因となりそうな食物を多種類除去している保護者がいます.しかし,それは逆にアレルギーを作っているようなものです.免疫システムは生後6ヶ月から2歳くらいまでがもっとも活発に活動します.この時期に不要な除去をすることは,赤ちゃんの生涯にまで影響してしまうかもしれません.

 また,外来を行っていると,血液検査の結果,それまで食べていたのにも関わらず卵や牛乳,小麦などを制限するように指導されている赤ちゃんがいます.RASTの検査が普及したお陰で,不要な除去指導をされてしまうことにつながっているようです.

 保護者は不安感からアレルギー検査を求める,医師の方もリスクを避けるために除去食を勧める.しかし,本当に考えてあげなければいけないのは,子どもの未来です.健全な成長と発達のために,何をしなければいけないのか,良く考える必要がありますね.

 さて,そろそろ結論です.食物アレルギーが増えたのは,多くの人がRAST検査を希望し,除去しなさいという指導が普通になってしまったからです.“子どものため”と熱心にアクションすることは,かえって子どもを苦しめることも多いのですが,食物アレルギーはその典型例ですね.




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